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パブコメ募集:高齢者に対する適切な医療提供の指針。まずは読んでみる。

日本老年医学会の指針がパブコメを要求しています。(というネタをアポネットさんで読んだので、面白そうだから指針を読んでみることにしました)

指針とパブコメ募集要項はこちら。

http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/member/kaikai/jgs_pcm_geriatric_care_GL.pdf

意見公募のあて先が@umin.netなので、大学病院医療情報ネットワークさんが協力しているんでしょう。

で、パブコメと書きましたが、これは「厚生労働科学研究費補助金(長寿科学総合研究事業)」の研究班のまとめた研究指針ですから、「近所の賢いおねーさんたちが、国というパトロンのお金で、あちこちの論文の内容をつぎはぎしてまとめただけ」の指針だと思っていればよさそうです。民間研究機関の研究班がつくったマニュアルに、意見を出すというパブコメ。「近所の定食屋さんが【新しいメニューを考えたんだけど、ちょっと意見を聞かせてよ】と訊いてきたので、軽い気分で【うまい】とか【まずい】とか答える」ようなものです。もっと軽く書くなら、薬剤師倫理規定擬人化研究の同人誌の内容について「どう?」と訊くようなものです。内容がどうであれ、民間研究の提示する指針だとか研究成果だとかに、その内容を活用すべき現場が、素直に従うはずもなく。

本文が実質4ページで、参考文献の羅列が7ページ。この「指針」の立ち位置が、なんとなく透けて見えるよーな。というか、「つぎはぎ」という表現で問題なさそうですね。(この記事内で引用した内容のうち1)のような数字は、参考文献番号です。111もあります)

そのわりに、唐突にでてくる言葉についての説明や定義は、ほとんどありません。

たとえば、「予備力」「非定型的」。

予備力ってなんですか?

 →「その人が持っている体力・生理機能の最大の能力と、通常使用時の能力の差」

非定型的ってなんですか?

 →「典型的ではない」あるいは「高度な知的判断を必要とするような」

これであってますか?

こういう部分も丁寧に解説するなり言いかえるなりしておけばいいのに。

日本老年医学会のホームページにある「立場表明」みたいに、用語の定義を羅列してから書いてくれると親切なのに…。

立場表明
http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/tachiba/jgs-tachiba2012.pdf

あ、そうそう、この指針に「具体例」はありません。指針だからと、そのあたりは無視です。あるいは、具体例を出せないような、変な指針なのかもしれません。

では、読んでいきましょう。

  ☆

はじめに
「指針の必要性」

高齢者、特に75 歳以上の後期高齢者の増加1) に伴い、高齢者医療への需要はますます高まってきている。しかし、高齢者に対する医療提供は医療従事者にとって難しいものになっている。その原因としては、加齢に伴う生理的な変化によって疾患の表れ方も治療に対する反応も若年者とは異なること、複数の慢性疾患を持っていること2)-4)、それに伴い薬剤数が増え相互作用や薬物有害事象が起こりやすいこと5)-8)、高齢者を対象とした診療ガイドラインが十分に確立されていないこと9)、さらに若年者に対する診療ガイドラインの適用により必ずしも良好な結果が得られないこと10)-12) 等が挙げられる。

この指針は医療従事者が高齢患者に対して過少でも過剰でもない適切な医療提供13) を行えるよう支援することを目的として作成されたものである。

  ☆

 はい、質問です。

 「高齢者医療」の定義は、なんですか?

 なんだかわからないものの需要がますます高まっていると言われても、わかりません。

 たとえば「超人、特に超人年齢25歳以上のベテラン超人の増加に伴い、ドクターボンベ医療への需要はますます高まってきている」と書いたとして、納得してもらえるでしょうか。

 ドクターボンベ医療って、なんじゃそりゃーっ! と、思いますよね。

 バッファローマンの角からキン肉マンの左腕の骨をつくっちゃうとか、ウォーズマンに超人心臓をつくっちゃうとか、プリンセス・カメハメの若返りとか、そういう医療です。

 …と、説明されたって、なんじゃそりゃー! ですよね。

 説明されなかったら、どうしましょう。

 幸いにして、「高齢者に対する医療提供」のことなんじゃないかなー、と思えるように、文が続きます。

 ということは、「指針の必要性」を簡単にまとめると、

 【高齢者に対する医療提供の需要に応えられる体制は基本的にない。需要と供給のバランス点を決めて、それを適切であると言い切りたい。だから、示す】

 といったあたりでしょう。

 よーするに、(少なくとも医師の仕事の)供給量を増やす気はないので、需要があっても叩き切る、という宣言を、とっても回りくどく、まるで「需要に応えているかのように」書いたのが、「はじめに」の文章。供給量を増やそうとしたら、医療関係者がダウンしてしまいますから、供給量を増やさない点をしっかり書いておくのは大事だと思います。

 ここ、大事ですよ。

 この指針は、「需要を仕分けする」ためのものだと、はっきり言っているのですから。

 仕分けするための基準が示されているかどうか。そこが「目的にとって、大事」です。示されていないのなら、ここから先の「指針」の文章は、全部、無意味です。基準。「ここまでやればOK」「これ以上は、もうやらなくていい」という話。それらを、「医療関係者」なんていう大枠ではなく、職能別に考えた結果。

 職能別に考えていかないと、最終的に「チーム医療」とか「地域」とかいった言葉を並べることで、ありもしない余剰労働力をあてにするという展開になります。ええ、『キン肉マンには、火事場のクソ力があるから大丈夫!』みたいに言ってるのと変わりません。『スイーツは、ベツバラ』とか『本当の窮地には、諸葛亮の秘策が』とか言ってるよーな感覚。よーするに、神頼みに限りなく近いことを『指針』だと宣言することになっちゃいます。指針って、余裕・自然体でできることじゃなきゃダメなんじゃないのかな?

(必要以上に「大事」と書くと、全て大事じゃなくなるトリック)

  ☆

「指針の使い方」

本指針は、医療従事者が高齢患者に対して医療提供を行う際に考慮すべき事柄を整理し、基本的な要件を示したものである。従って、この指針は個々の疾患に対する診療ガイドラインに置き換わるものでは無いが、実際に治療する際に考慮するべき項目を示している。診療ガイドラインが高齢患者を対象としていない場合、またはガイドラインが相互に矛盾する内容を含む場合などには、本指針に示された基本的な考え方を準用して治療方針決定の一助とすることが推奨される。

  ☆

 使い方を真に受けると、「高齢者向けのガイドラインが存在しないなら、現行の疾患治療ガイドラインよりも、この指針を優先しなさい」ということです。

 「基本的な要件」とあるので、基本をこえた提案はないと考えて良いのでしょう。

 さて、「基本」は、どのあたりですか?

 基本と書く以上は、おおよそ、どの医師であっても理解している内容か、あるいは、他の医療従事者の職能を挙げての「これら専門職なら基本である」内容であるはずです。前提は、チーム医療なんです。

 これは、「医師単体では供給量を増やせない」という「はじめに」の宣言と合致します。他の職種が(お給料据え置きで)供給量をふやせばいいのよ、ということですね。研究班のメンバーは施設の経営部門か医師だけで構成されているようですから、彼らにとっては、非常に都合の良い結論です。もっとも、この研究の協力団体であるところの日本医師会さん理論だと、チーム医療の話をしているのに、他の職能からの参加者がいないような研究は、無効だと言い張れそうですね。

 この指針の仕様者として「医療従事者」と書いてありますから、医師限定ではない行動指針だと読みとれます。にもかかわらず、医師以外の医療関係者を協力団体としていないのですから、この指針、医師以外の医療関係者は守る必要がないということでよろしいでしょうか。

 では、各論も読んでいきましょう。

  ☆

1.「高齢者の多病と多様性」

・高齢者の病態と生活機能、生活環境をすべて把握する。

1.1. 老化の進行速度には大きな個人差があり、その上、老化の身体的・精神的・社会的な機能面に対する影響の大きさは個人によりそれぞれ異なっている14)。また、生活習慣病を初めとする多くの疾患は高齢になるにつれて有病率が高まるため、高齢者は複数の疾患に罹患していることが多い2)-4)。従って、高齢者に対する医療提供にあたっては、かかりつけ医としての役割を意識し、全ての病態を把握した包括的な管理を目指すことが望ましい。

1.2. 身体的・精神的・社会的な機能の多様性から高齢者では個人差が非常に大きく、症状や所見も非定型的である事が多い14)-16)。こうした多様性を念頭に置き、高齢者総合的機能評価を用いて身体的・精神的・社会的な機能を個別に評価することが重要である17)-20)。また、高齢者では疾患の経過が医学的要因のみならず、環境要因の影響を強く受けるため、居住環境や生活習慣、経済状態、家族関係、社会関係を把握し、それらを医療に反映することが重要である21)-25)。

1.3. 高齢者では多病のため、複数の医療機関から断片的かつ重複した医療提供を受ける可能性が高い10)26)-28)。一方で年齢や身体的、精神的、社会的な機能の低下などを理由に、受け入れや処置などの医療提供が制限され過少医療に陥る危険性がある29)-33)。 高齢者においても有効性が確立された医療行為が存在することを念頭に置き、ベネフィット・リスクバランスを考慮した医療提供を心がける34)35)。

  ☆

 のっけから「すべて」把握するなんていう過剰医療を宣言しているようです。

 それ、「はじめに」で、難しい=できないって書いてたじゃん。

 いくら「重要」という言葉を重ねられても、最初に「できません」と言ったことは、できないわけです。「重要だけど、できません」という話を繰り返ししているのが、この項目。なのに、まるで、「できる」かのような書きっぷり。評論家の言う「○○が重要です」というセリフ、そのまんま。あれは、「重要だと自信たっぷりに言っておけば、重要でなくても実現不可能でも、その場の議論を切り抜けられる。むしろ重要だと述べたことが実現不可能であるほど、実行しないことに対して【重要だと言ったのに実行しないほうが悪い】と自分の責任を棚上げできる」という、詐欺師のテクニックなんですけれどね。

 過少医療の定義も、わけわかんない。社会的な機能の低下って、たとえば都心には住みたくないから湖畔に住んだら、ドクターヘリを使わなければ大きな病院に搬送できないなんて話も含みそうなんですが、それって過少医療ですかね? 受入や処置って、やれる範囲のことは、みなさんやっているはずで、精一杯やってもダメなものを「過少医療」などと言われてしまうのでは、驚くしかないでしょう。

 過剰も過少も、振れ幅がおかしすぎて驚くばかりの「指針」を示しておいて、「バランスを考慮した医療提供を心掛ける」なんて言葉で締められるとは、ほんとにびっくりです。

 指針を提示している側に、バランス感覚が皆無。従ったらバランスがよくなるとは、とうてい思えないような提言を確定させようとしている様子。これは「指針」じゃなくて、「妄言」です。だって、どこにも「基準」がないじゃないですか。

 トータルで「できないだろうけど、できるふりして、てきとーにうまくやっといてね」くらいのことしか書いていないのに、それを指針だのと言い切れるのが、本当に不思議です。

 まあ、これだけ、いろんな情報が大事で、全て把握しろと言っている以上、研究した方々のカルテには経済状態に家族歴から家の間取り、住まい周辺の様子、趣味に嗜好に友人関係といったことくらいは「全て」書いてあるのでしょうし、それらの情報を用いた治療についても記載があるのでしょうから、サンプル例として、ぜひ公開してほしいものです。(それが、ひとつの基準になりますから)

  ☆

2.「QOL 維持・向上を目指したケア」

・生活機能の保持、症状緩和などによりQOL の維持・向上を目指す。

2.1. 高齢者は若年者に比べて予備力に乏しく、若年者であれば一過性に終わるような疾病、例えば腰痛や肺炎であってもそれを契機として日常生活機能低下などによりQOL 低下を生じやすい36)-38)。一度日常生活機能低下を来すと完全な回復を期待することは難しいため39)40)、転倒予防41)42) やワクチン接種43)-47) などを行いその契機となる疾病を予防すること、また疾病に罹患した場合でも早期離床を図るとともに機能回復のためのリハビリテーションを早期から行い、日常生活機能の保持をはかることが重要である48)49)。

2.2. 老年症候群と呼ばれる高齢者に頻繁に見られる諸症状(認知症、せん妄、うつ、虚弱、廃用症候群、低栄養、嚥下障害、転倒、尿失禁、便秘、褥瘡、脱水など)50) もQOL 低下や日常生活機能低下を来すことが多い51)-53)。これらの老年症候群を予防し、また発症の際には早期発見、治療するため、包括的なスクリーニング、評価が必要である。特に認知症については、専門医療機関での鑑別診断を含めて早期の対応が重要である。

2.3. 高齢者の疾患は、その多くが治癒を期待できない慢性疾患である3)。このような慢性疾患に対しては症状緩和がより重要である。保健・医療・福祉の一体的な取り組みによって療養環境の整備、メンタルケアや栄養管理を含めたヘルスケア、緩和ケア等を行い、QOL を低下させる症状の緩和と共にQOL の維持・向上に努める。

  ☆

 んー?

 これって、まず、個々の患者さんの「もともとの日常生活機能」の状態を知ってないと、できないですよね。「この人は、このくらいで、いいんじゃないの」と言えなくちゃ、ダメみたいなので。それ、通院前から頻繁に会ってないと、分からないと思いますけど。病院に通院してくる時点で「最初の契機」は終わっていますから高齢者の現在進行形の疾患についてはおおむね治療不可能であるという前提でいいんでしょうか。

 で、「一度病気にかかったら、回復しない。治療できない」と主張して、「緩和医療」へのシフトを求めているようです。【治療はできないけどQOLは維持するからいいでしょ?】という姿勢ですね。いいんじゃないでしょうか。そのように、はっきりと言ってもらえたほうがいいです。それならセルフメディケーションで貼り薬と痛み止めを薬局で買い続ければ済む人も増えますし。

 「治療ができない」とはっきり言わずに「緩和医療」を治療と錯覚させているわけですが、更に、治療以前に問題があると述べるために「予防」が大事だという話も持ってきています。病気にならなきゃ治療しなくてもいいじゃん、というシンプルな展開。ここまでをまとめると、「絶対に『治療』には問題など起こらない」というスタンスを守るためなら、なんでも他のせいにして、責任回避する姿勢のようです。「学校のせいではありません、それ以前に親のしつけが悪い、学校の外の誘惑が悪い、ネットが悪い、ゲームが悪い…」とか釈明する教育関係者に似た論調。

 でも、不思議ですね。

 すでに予防医学という概念がでてきて20年以上はたっているのにも関わらず、いまだに「高齢者に頻繁に見られる」ような症状が、どうして「予防」できると言えちゃうんでしょう。逆ですよね、「まず予防は不可能であるから、いまだに高齢者に頻繁に見られるのは当然」と言い切ったほうが、話が早いのでは?

 しかも、そういった症状=疾患の多くは「治癒を期待できない慢性疾患」だと認めているので、慢性疾患は、高齢者においては、早期発見が治療に結び…つかない場合が多いということも、わかっているはず。(この項目は予防、予防と唱えているわりに、日本予防医学会の協力は受けなかった模様)

 この項目は、「高齢者の急性疾患は予防できそうだし治療もできることがあるけれど、高齢者の慢性疾患は予防できないし治療もできない」という前提で、「だったら、(急性疾患には)予防、(慢性疾患には)緩和医療だ」と、言っているんですよね。それを、ごっちゃにして書いてあるので、まるで、急性でも慢性でも予防できるかのような文章になるわけです。

 あ、「高齢者の慢性疾患」って、「高齢者の時点で発見された」のか「高齢者になってから発症した」のか、よくわからないですね。予防も、「高齢者に予防させる」のか「高齢者になる前の年齢から予防させる」のかで、だいぶ違うような。とことん、あいまいな指針です。「基準をつくったように見せかけて、何の基準も示さない」ための「指針」なら、あいまいなのも当然ですが。

 項目の最後には、療養環境の整備、メンタルケアや栄養管理を含めたヘルスケア、緩和ケアという領域に期待をつないでいるのですが、要するに、【治療できないから、病気治療以外の要素を充実させて、治療していることにしてよ】という結論。これって、もう、医師の継続的な関与をやめて、完全に専門家(宗教家やオーグメンテーテョン科学者も含む)に任せたほうがいいんじゃないかという段階ですね。それでも何らかの関与がしたい…という気持ちをぐっと我慢して、適切なところに持って行こうという話のようですが、まだまだ「医療関係者」の中だけで終わっています。

 そう、ここでも、最後はチーム医療。なのに、どの段階で医師(や、それぞれの「医療関係者」)が手を引くべきかという基準が示されていません。これでは、指針として機能しません。医療で解決しないことがあっても、「そっちには渡さないぞ」という意識では、QOLの実現を目的としているようにはみえません。

  ☆

3.「生活の場に則した医療提供」

・患者のQOL 維持に生活の場の問題は重要であり、適切な医療提供の場を選択する

医療提供の場を変更する際に生じる問題を理解し、予防に努める

3.1. 患者本人が生活の場として快適である場所、QOL を最も高く維持できる場所で可能な限り長く過ごせるように医療、看護、介護、福祉による地域包括ケアを含めた総合的なケアを提供する54)。入院治療が必要となった場合も、生活の場に早く戻る事を目標に早期から退院支援を十分に行っていく。

医療提供の場を選択並びに変更する場合には、患者本人・家族と積極的に情報を交換してどのような場がふさわしいかを決定する支援を行う55)56)。

3.2. 医療提供の場を変更する際、医療提供者間のコミュニケーション不足から不適切な医療が行われることがある57)58)。また、医療提供の場が変わることに伴い、せん妄などの精神症状59) や廃用症候群36)-38) を生じやすい。したがってこうしたリスクを理解し、予防に努めると共に円滑な医療連携を実践するべきである60)。

3.3. 医療提供の場として入院医療や外来医療に加えて訪問看護ステーションや認知症サポート医などの地域における医療資源を活用した在宅医療や施設における医療を考慮する。

  ☆

 入院治療の目標が「早く家に戻す」でいいのかなー、と疑問。

 家族との情報交換を前提にするなら、家族が「家に帰されても困る」ときに、どうするのかも考えないと。「(本人と家族が)決定する支援を(医療関係者が)行う」と書いてありますので、医師が「退院してください」と言っても、患者本人や家族が「嫌です」と決めたら『医療提供の場』が決まってしまうように読めます。まさか、「退院支援」という言葉の意味は「退院しろと強硬にすすめて長期入院を減らしてベッドをあける」という意味? まさかね…。

 『入院し続けることが「生活の場」として最適である』場合は、想定できませんかね?

 緩和ケアって、そういう話も含みますよね?(医師が常に関与する施設に医師の指示で居続ける状態を、入院と呼びますよね? ホスピスや老健だって「入院」の一形態ですよね? そういうところを誤魔化す「指針」は良くないと思います)

 指針の示すとおりにやったら、おかしくなりませんか? 

 で、また、ここでも「予防」って言ってます。

 『医療提供者間のコミュニケーション不足』の予防って、それ、どうやってやるのか、全くわかりません。今できてないものが、指針で書かれただけで出来るようになるはずもなく。項目1で指針が書いているような「全ての情報を収集する」ことができているのなら、それを地域で共有して、申し送り・ディスカッションが可能な状況をつくるのが、コミュニケーションの構築。こうした指針をつくった方々が、情報の地域共有に励んでくれるというのなら有難いことですが、もし「俺のやり方を説明するから、おまえら集まれ」みたいなやり方を「コミュニケーション」と呼んでいるのなら、それを「円滑」だと思い込んでしまった時点で、「患者の生活の場に即した」医療ではなく、「医師の都合にあわせた」医療だといえそうです。さて、この指針では定義されていませんが、「医療提供者間のコミュニケーション」って、いったい、なんなんでしょう?

 「地域における医療資源の活用」は、危惧していた「火事場のクソ力」です。考慮も何も、最初から関与しているのが当たり前。『医師があれこれやった後で、最終的に患者を押し付ける場所』としての位置付けは、ダメでしょうね。「あれこれやってもダメだったから、あなたにあげる」と言われた側が、そんな重いものを扱える余裕などないのですから。存在しない、無限の労働力・余力・金銭を「医療資源」などと呼んでいるわけですが、それはどこかの政党が「埋蔵金」と呼んでいるものに似ていますね。「いやいや介護は成長産業だから、これから人手が増えるんですよ」なんてことを言って誤魔化すんでしょうか。甘い見積もりで「資源」の量や質を計算していませんか? 簡単に増える人手は、簡単にいなくなります。バブルです。バブルだの、存在しない労働力だのに期待を込めるような指針を推進しなければならないとしたら、現場は泣くだけです。即刻、こういった『存在しないものに頼る記述』を全て削除することをお勧めします。

  ☆

4.「高齢者に対する薬物療法の基本的な考え方」

有害作用や服薬管理、優先順位に配慮した薬物療法を理解し、実践する。

4.1. 高齢者では有害事象が起こりやすい61)62)。薬物動態や薬力学の加齢変化63)64) を理解し、原則的に少量から薬物を開始し、薬物に対する反応・副作用をモニターしながら漸増する65)66)。多剤併用(特に6 剤以上)に伴って予期せぬ相互作用や薬物有害事象の危険性は高くなるため6)67)-72)、可能な限り多剤併用は避ける。また、高齢者にとって有害事象を起こしやすい薬剤が知られており73)74)、それらの薬に関しては特に慎重に適用を考慮する75)。

4.2. 認知機能の低下、巧緻運動障害、嚥下障害、薬局までのアクセス不良、経済的事情、多剤併用など薬剤療法に対するアドヒアランスを低下させる要因は多岐に渡る76)。服薬アドヒアランスについて、本人だけでなく家族や介護者からも定期的に情報を収集し、アドヒアランスを低下させる要因を同定し、予防・改善に努める77)78)。また、合剤の使用や一包化、剤形の変更など服用が簡便になるよう工夫する79)。

4.3. 高齢者は慢性疾患や老年症候群を複数有していることが多いが、高齢者対象の診療ガイドラインは十分に確立されておらず9)、若年者対象の診療ガイドラインの適用により必ずしも良好な結果が得られないため、疾患や症状毎に薬物療法を行う考え方は必ずしも適切でない10)-12)。個々の患者の疾患や重症度、臓器機能、身体機能・認知機能・日常生活機能、家庭環境を総合的に考慮し、患者と家族の目指す治療目標に応じて薬物の適用と優先順位を判断し、必要な薬物を選択し80)、優先度が低い薬剤は中止を考慮する62)81)82)。

4.4 代替手段が存在する限り薬物療法は避け、まず非薬物療法を試みるべきである65)66)。全ての薬剤(ビタミンや漢方薬、OTC なども含む)をお薬手帳などを用いて把握し83)84)、併用薬が不明な場合、原則的に新たな処方は避ける。薬物動態や薬力学の加齢変化、生活環境の変化63)64) によって、薬物が不要になる場合がある事を理解し、定期的に必要性を見直すべきである62)85)-88)。

  ☆

 えーと、この項目は、おおむね、薬剤師がやれますし、すでにやってます。薬物動態も加齢変化も。「できるだけ少量」なんていう曖昧な話ではなく、「検査値がこのくらいで年齢がこのくらいで、過去の薬の効き方がこうだったので代謝で気をつけるのはこれとこれ。だから、このくらいの量で、この間隔で十分」という判断を(危なっかしい薬・副作用が出やすい薬に対しては)しています。断言してしまっていいものか少し悩みましたが、しています、たぶん。

 アドヒアランスの低下要因。いろいろ挙げていますが、唐突に、「薬局までのアクセス不良」とか言ってます。でも、「病院・診療所までのアクセス」という難関をすでにクリアしている方々だという点も考慮してほしいところ。山の上にあるから行くのが大変、とか、検査ばっかりされるからいきたくない、とか、年下の医者に毎回ねちねち怒られるのが嫌、とかね。アクセス不良があっても、「あの先生は腕が良いから信頼しているので行きたい」といった要素で、マイナス面をカバーできるのですから、アドヒアランスの向上要因についても羅列したほうが良さそうです。薬局の薬剤師が嫌な奴である…といった要素は、フリーアクセスを堅持している限りは、他の薬局に行けばいいので、どうでもいい要素ではありますが。医師会はフリーアクセス堅持ですよね? それとも、薬局までのアクセスが問題だから、アクセス向上のために、フリーアクセスなんかやめて、全ての薬局を病院・診療所の中に置きたいんでしょうか(当然ながら、薬剤師が常駐するわけですから、調剤は薬剤師の完全専権事項になります。医師の例外的調剤は不可です)。あるいは、既存の薬局の隣にしか病院・診療所をつくらない方向ですか? 薬局が遠いのが悪いから、お前らがうちの近所に来い…なんてことを「改善」とは、言いませんよね?

 あ、必ずしも「合剤の使用」やら「一包化」やらが良い(適切)というわけでもないってことは、書いておかないと、ダメだと思います。合剤を処方してさえいればアドヒアランスに配慮していることになるような単純化がおこっちゃいますよ。ふたつあった薬がひとつになったから薬の数が減って良かったね…みたいなアホな話で、薬剤の中止だと錯覚させる流れ。ここまでの項目で「ひとりひとりの患者に合わせた治療」を推奨しているのに、いきなり画一的に「合剤が良い」「一包化が良い」なんてことを決めるのって、変ですよね。「服用が簡便になる」ことが素晴らしいとも限りません。簡便だと思って一包化したら、自分の呑んでいる薬の把握ができなくなって、まとめた薬を二包も三包も一気に飲んでしまう人だっているわけで。「簡単には服用できない」ことだって、ときには大事なんですよ。ハードルを低くすることばかり考えるのでは、多様な相手に配慮しているとは思えません。

 そうそう、全ての薬剤を把握するためには、注射や点滴の内容もお薬手帳に書いていただかないとね。この指針を決めた方々は、当然、すでに、書いてくださっているものと思いますが。(筆者は、病院・診療所が点滴内容まで記載しているお薬手帳を見たことがありませんし、検索しても事例を見つけられませんでした)

 「(高齢者の)全ての薬剤を把握する」という文言を提唱し、それが「過剰でも過少でもない状態」だと主張するのなら、それを必ず実現できるような「指針」にすべき。他の医師が処置した薬については無頓着な時点で、「指針」のいう「全ての」という言葉の定義が危なくなってきました。全ての情報、全ての薬。はいはい、全てですか。どんな範囲を指して「全て」なんでしょうね。海賊王ゴールド・ロジャーが「この世の全てを手に入れた男」と呼ばれる程度の「全て」でしょうか。「すべては患者様のために」の「全て」でしょうか。

 範囲を決めずに「全て」と言ってのける「指針」なんて、ありえません。

 もひとつおまけに。

 この項目、チーム医療について全く言及がありませんが、「薬物治療」って、医師と薬剤師と患者のチーム医療じゃないんですかね?

 他の項目も同様ですが、果たして、これらの項目の主語となっているであろう「医療従事者」って、それぞれ、どこからどこまでの範囲を示しているのでしょうか。

 「誰が」考慮するのかを書かずに「考慮する」と言ってのける「指針」なんて、ありえません。

 考慮する「誰か」が書いてないということは、定義されていない「医療従事者」だと自分を定義した方が行っても良いという解釈が成り立ちます。それだと、項目2に書いてある「ワクチン投与」を、医療事務さんや作業療法士さんが自分で判断して行ってもいい(もちろん法的にはダメ。この指針がやってもいいかのように推奨モードで書いてあることで、間違える人がいたら、この指針の責任は大きいはず)ってことになっちゃいます。この指針を考えた方々は、それでいいのでしょうか?

 ちゃんと範囲を決めてください。

   ☆

5.「患者の意思決定を支援」

・意思決定支援の重要性を理解し、医療提供の方針に関して合意形成に努める。

5.1. 高齢者医療では想定される優先目標が立場や価値観の違いによって異なってくる。例えば、高齢者医療の優先順位に関する意識調査において、高齢者が医療に対して望むことは「病気の効果的治療」であったが、医師が優先することは「QOL(生活の質)の改善」と異なっていた89)。従って治療に関するエビデンス、予後に関する情報を提供することによって意思決定を支援し、患者本人と家族の価値観を尊重しつつ目標に関して合意形成を行う事が重要である90)。

5.2. 合意形成において最も重視するべきことは患者本人の意思・価値観である。認知機能障害等により患者本人から意思、価値観を確認することができない場合であっても、患者本人の価値観を家族や医療チームが想定し、合意形成を目指す。

  ☆

 他の項目で「治せない」って言っているのが裏付けられているわけですが…。

 「治せない」のがはっきりしているのに、「合意形成」って、どういうことなんでしょう???

 意思決定支援も何も、「治してほしい(患者)」と「治せませんから緩和医療で(医療従事者)」の合意形成点って、「緩和医療で」以外の選択肢は「医者にかからない」ことだけかと思うんですが。

 そんな状態で、『合意形成』を目指す? 

 ゴールは決まってるのに?

 「ボク、仮面ライダーウィザードのDXベルトが欲しい!」と言っている子供に「仮面ライダーウィザードのミニプラベルトで十分よ」と、出資者・親の権力丸出しで「買えない」とは言わずに説き伏せる、どこかで見たことのある光景。子供は、なにもしてもらえなくなることのほうが損だし、次の機会も消失するから、渋々従っているだけ。それを『合意形成』だとか意思決定支援だなんて思える人って、けっこう、怖い。

 逆でしょ。

 「できないものはできないんだ」という、医療従事者にとっては悔しいかもしれないけれど実際にそうなんだからどうしようもない事実を、まず、最初に提示するのが筋でしょう?

 この項目のようなノリで『合意形成』を目標にしちゃうのって、要するに、『医療従事者が「できない」とは言わずに済む方法』のすすめであって、意志決定支援なんていうのは
もちろん、嘘っぱち。

 急に引用が少なくなって、この項目はたったのふたつ。その一方で「ニーズは合わない」ことが証明されていて、もう一方が「人工的水分・栄養補給の導入を中心として」意志決定プロセスに関するガイドライン。治療全般の話ではなく、栄養補給分野に偏ったネタです。治療全般に対して「合意形成」をどうするのかについての引用は、全くないんですよ。

 エビデンス重視に見せている文章で、急にエビデンスがない項目がでてきたわけです。

 この項目、馬鹿馬鹿しいし、恥ずかしいから、ぜんぶ削ったらどうですかね?

  ☆

6.「家族などの介護者もケアの対象に」

・家族を初めとした介護者の負担を理解し、早期に適切な介入を行う。

6.1. 介護者は心身に大きな負担がかかり、QOL 低下やうつ病などの危険性が高まることが報告されている91)-94)。従って医療提供に際しては介護サービスなどの社会資源を得られるよう積極的に情報を提供し、レスパイトケアなどの介護者の負担を軽減する方策を考えることが必要である25)95)-98)。介護者の心身への負担が強い場合には医療機関への受診を勧める。

6.2. 本邦においては少子高齢化や核家族化の影響から、「独居高齢者」、高齢者が高齢者を介護するいわゆる「老老介護」、認知症患者が認知症患者を介護するいわゆる「認認介護」が社会問題化している99)。そうした介護状況には格別の注意が必要であり、早期に家族等と相談の上、介護保険サービスなどを導入し介護者の負担も考慮したうえで、在宅療養維持のための介入を行うことが望ましい。

  ☆

 この指針って、「高齢者に対する適切な医療提供の指針」だったはず。

 この項目は、「過剰医療」をこえて、「指針の範囲拡大」では?

 介護者が大変にならないような、「高齢者に対する適切な医療提供」とは何かを考えるのが、この「指針」の役割で、「介護者にはこういうケアをすればいい」なんて話は、きっちりと高齢者に対する適切な医療提供をしたにもかかわらず、介護者の心身に大きな負担がかかった場合に考えればいいこと。つまり、この指針が「介護者の心身の負担を軽くするような高齢者に対する適切な医療」の提供に失敗した場合の話です。

 どうすれば「介護者の負担が減る、高齢者に対する適切な医療」を提供できるのかを論じるべきで、そこを放棄しておいて、本題とは関係のない事項を扱い、介護分野に丸投げすることで「なにか対策をとりました」みたいな顔をするのは、ダメだと思います。

 この項目、全部削って、「介護者の負担が減る、高齢者に対する適切な医療」を提供するための指針について書いてください。

  ☆

7.「患者本人の視点に立ったチーム医療」

・患者もチームの一員であることを理解し、患者本人の視点に立った多職種協働によるチーム医療を行う。

7.1. チーム医療とは「医療に従事する多種多様な医療スタッフが、各々の高い専門性を前提に、目的と情報を共有し、業務を分担しつつも互いに連携・補完し合い、患者の状況に的確に対応した医療を提供すること」100) と定義される。高齢者に対するチーム医療の適切な導入は医療の質・安全性の向上、医療スタッフの負担軽減に有効である101)-108)。医療提供者は医療、看護、介護、福祉に携わる各職種の専門性をお互いに理解、尊重し、多職種協働によるチーム医療を行う109)。

7.2. チーム医療においては、患者本人の視点に立つことが重要である109)。相談と説明を行うだけでなく、患者本人及び家族のチームミーティングへの参加を促す。患者本人及び家族が能動的に医療提供に関わることで、医療の質の向上110)、機能低下や入院の予防55)56)111) が期待できる。

  ☆

 チーム医療。はい、定義の引用がきました。

 目的と情報の共有。

 業務分担。

 連携・補完。

 …と、書くのは構いませんが、ここまでの項目で、目的は「合意形成(医師主導)」でつくると明記し、情報共有を「全て」やれと言いつつカルテ開示をやれと書かず、「誰が分担するのかわからない」「どこまでやればいいのかわからない」のを放置したり、連携補完イコール介護分野への「丸投げ」で済ませたりしているのが、この「指針」です。

 とっても、うそくさい。(結論)

  ☆

さいごに

超高齢社会を迎えるにあたって高齢者医療はますます重要性を増すが、課題は多い。医療費の膨張に伴い医療制度の崩壊も危惧されており、持続可能な高齢者医療制度を確立するために医療現場からの提言は重要性を増すであろう。また、高齢者医療にはエビデンスが乏しく、有効性と安全性の両面からエビデンスとなるべき臨床研究の充実が必要である。

高齢者医療の実践面においては、多病と多様性を抱えた高齢患者を多様なケアの場において患者側の価値観にも配慮しつつ多職種協働で医療提供を行うという高度な医療スキルが必要となっている。

従って専門知識を備え、経験を積んだ老年病専門医が高齢者医療にあたるべきであるが、増加し続ける高齢者医療のニーズを満たせる程老年病専門医は充足していない。今後、老年病専門医の育成が必要であると共に、かかりつけ医に高齢者医療の知識とスキルを啓発する体制を作ることが喫緊の課題である。

また、高齢者自身が適切な医療を選択できるように、患者および一般住民に対して支援、啓発していく取り組みが必要である。そのために、また高齢者を支える生活環境の構築のためにも、地域社会や地域行政と連携した仕組み作りが求められる。

  ☆

 誰でも分からなければならない「指針」に、何言ってるのか分からない文章を書いて、恥ずかしくないんでしょうかね。

 こういう、何言ってるのかわからない文章は、おおむね、冷静に考えたらおかしなことを言ってますから、ちょっと考えてみましょう。

1.『医療費の膨張に対して「持続可能な高齢者医療制度」を確立する』のは、制度問題であり、この指針とは無関係。この指針は、制度変更に対する「医療現場からの提言」とは全く言えない。従って、この「さいごに」で記載する必要性がない。

2.「高齢者医療にはエビデンスが乏しく」は、その通り。事実。従って、この「指針」においても高齢者医療のエビデンスが乏しく、この指針における「こういうことが良かった、悪かった」というエビデンスが確立されていない可能性があり、「こうしたほうがいいのではないか」「これが大事である」という提案が、必ずしも正しいとは限らないことを追認している。

3.多病と多様性を抱えた高齢患者を多様なケアの場において患者側の価値観にも配慮しつつ多職種協働で医療提供を行うことが高度な医療スキルである=『平均的な医療従事者には望めない、「過剰」な医療である』ことを認めている。高度なスキルを持つと定義されている「老年病専門医」の数が少ない(注:日本老年医学会の検索では、日本全国の老年病専門医を合計しても平成24年12月の時点で1535人ほどしかいません。なお、平成22年7月時点の老年病専門医の数は1475人だったようですから、二年半で60人の増加です。専門医の育成が必要という話が書いてありますが、育成が難しい高度なスキルの持ち主であるから人数が伸びないわけで、少ないのは当たり前です。今後も少ないままでしょう)ことを認めている。統計局ホームページによると、この指針で扱っている75歳以上の人口は1422万人(総人口の11.2%)であるから、老年病専門医ひとりが一万人を担当する計算。これは医療資源である老年病専門医さんを過労に追い込む担当範囲の広さ。つまり、レアな医療資源を奪い合う「過剰な医療の提供」になる。この指針の目的である「過剰でも過少でもない医療」に反する。

4.「高齢者自身が適切な医療を選択できるように、患者および一般住民に対して支援、啓発していく取り組み」「地域社会や地域行政と連携した仕組み作り」といった点は、まさしく「高齢者に対する適切な医療の提供」という、この指針のテーマに関することであり、この点をどうするのか。『仕組みづくりが求められている』のなら、仕組みづくりの指針も求められているはず。にもかかわらず、この指針には仕組みづくりの指針を全く書かないというのは、おかしい。仮に、そういった議論をしていないというのなら、この指針自体が中途半端な代物であると、自ら証言していることになる。完全パッケージとしての「指針」ではなく、β版。パブコメにかける以前の段階。

5.『個人の「高度な医療スキル」が必要にならないように、スペシャリストが集まることで、実質的に高度な医療スキルを実現する』のが、チーム医療を推進する理由であるはずで、かかりつけ医のスキルアップの提言などは、そのごく一部にすぎないはず。視界が狭い。

 とりあえず5つほど考えてみました。

 これで、「さいごに」の項目で言っていることが、なんとなく、わかりますか? 

 要らないことを削って、整理します。

A.老年病専門医は、高度なスキルを持つが、数が少ない。

B.他職種協働なのだから、全ての患者に専門医があたる必要はない。

 えーと、これだけですね。

 て、ことは、『基本的にはチーム医療であたる。ひとりの高度なスキルが絶対必要な方については、そちらにお任せする』という分担でよさそうです。なぜか、そのように書いてませんけど。どういう分担なのか、どうバトンタッチするのか、最後まで読んでもわかりません。

  ☆

 あー、長かった。

 ひととおり読んでみましたが、これ、指針じゃないです(断言)。

 よくまあ、こんな未完成どころか骨格すらないような代物にパブコメを出してねと言えたものです。これをなんとなく公費の「研究」として認めちゃっている厚労省のお役人さん的には、120%お役所の作文でできている指針というだけで「み…見たこともないほど美しい指針だ。素晴らしい」とか言ってるのかもしれませんが、フツーにみれば、現場を混乱に陥れるだけの「駄文」でしょう。

 内容を一言で言うと、「老年医学会が認定している老年病専門医制度や老年病の講習会の参加者数を増やしたいという思惑と研究班の思惑がなんとなく一致したので、お墨付きとしての『厚生労働省の出資した研究』としての価値がある立派な指針を目指したけれど、結局『多様性』と『慢性疾患の治療が見込めない』という壁が大きすぎて、挫折。様々な問題点に対する指針を示せないのに、研究成果を出さなければならないという状況に陥り、【慢性疾患は治療できません】と正直に書きつつも明記はせず、『医師以外の職種を巻き込む』と書くことで指針を示しているかのように作文をして、お茶を濁して面子を保った」という内容。

 もう一度書きますが、

目的は「合意形成(医師主導)」でつくると明記し、情報共有を「全て」やれと言いつつカルテ開示をやれと書かず、「誰が分担するのかわからない」「どこまでやればいいのかわからない」のを放置したり、連携補完イコール介護分野への「丸投げ」で済ませたりしているのが、この「指針」です。

 需要の仕分けのための指針…かと思ったら、仕分けができない仕様。

 需要を満たせないけれど仕分けもできない、じゃあ、高齢者はどうすればいいの?

 この指針によって、今までよりよくなることって、何?

 さあ、どんなパブコメを書けばいいんでしょうか。

 少なくとも、この指針を手放しで「良い」などと書くのは、ありえないわけですが、「半分以上おかしいから、全面的に直せ」っ書いて、まともに相手する気、あるんですかね?(たぶん、ない)

  ☆

【おまけ】

●今回はかなり偏った視点で指針を読んでいます。

 好意的に読めば、いいことを言っている部分は多いです。ただ、それらの行為を担保するものがないに等しいだけで。本気でやるというのなら、面白い試みです。分担と範囲をきっちり決めて、すぐさま実行してほしいことばかりです。

●日本老年医学会は、過去のOTC薬関連の評価において主張してきた様々な話の根幹になってきた『必ず専門医に見せるべきだ』『少しでも有害事象のある薬は医師が管理する』という点を、この指針によって、日本老年医学会自身で否定したと考えられます。ほら、『分担』や『範囲』の定義がない指針ですからね、これ。

 で、緩和医療に言及するなら、当然入ってくるべきセルフメディケーションとスイッチOTC薬認可の話には、この指針は、一切触れていません。

 薬事日報さんの記事を引用するなら、

老年医学会は、「合併症と併用薬に配慮し、効果と安全性に留意しながら、常に少量・少数の薬剤で治療に当たることが高齢者薬物療法の原則」と高齢者のセルフメディケーションに慎重な立場を表明した。「少しでも有害事象の危険性のある薬剤は医師の管理のもとで処方されるべき」とも指摘した。

 と言ってるのが、この指針の協力団体の、日本老年医学会さん。

●指針について、 「いやいや、あの文章は、これこれこういうことを示しているのであって…」だとか「それは基本的要件ではありませんので…」なんていうことを後付けでおっしゃる方がいるかもしれませんが、「だったら、そう書けばいいじゃん」でオシマイ。そう書かなかったんだから、欠陥でしょ? 「責任回避以外は、何も決めていないに等しい指針」なんて、欠陥商品以外のなんなんでしょうね。

 全面的な書き直しが必要だと思います。

 必要ない項目を削り、範囲・分担の明記をし、都合が悪いからわざと入れなかっただろう重要項目の検討をして、分かりやすい言葉で書くだけです。

 ここで「厚労省の研究だから年度末の締めきりが…」なんてことを真顔で言うような研究班だったら…。高齢者医療の根幹の仕上げよりも、役所の締め切りと予算の返却のほうが優先だなんて。ああ、こわいこわい。部活の予算獲得のために友人を売るようなマネを、いい歳したオトナがしているなんて…。そーゆーのは、フィクションの世界だけであってほしいものです。

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