« 日薬代議員会議事録その5。薬剤師認定制度認証機構って知ってますか | トップページ | 選挙期間中はお休み。 »

日本におけるファーマシューティカル・ケアの定番定義に対する、専門家に回答してほしくてたまらない疑問を挙げてみる遊び

ファーマシューティカル・ケアの「現在の定義」って、誰が決めるのでしょうか。

提唱者の、ヘプラー名誉教授ですよね、フツー。

でも、日本では、違います。

いつも決まって、

「患者の生活の質(QOL)を改善する明らかな結果をもたらすため、責任をもって薬物療法を提供すること」

という定義だと書かれます。

これ、ヘプラー教授(とストランド女史)、1990年の論文の定義ですね。

ファーマシューティカル・ケアってなに?と訊いたとき、教えてくれる人の大半が、この定義を語ってくれますが・・・そこに、違和感を感じます。

みなさん、疑問は浮かびませんか?

  ☆

疑問1

「どうして、『責任をもって薬物療法を提供する』と、『患者の生活の質を改善する明らかな結果をもたらす』のだと言えるのですか?」

 この定義だけだと、行為と結果が、つながらないんですよね。

 なにかが、省略されている気がします。

 その省略されていることに「説得力」があるのかどうかが大事で、説得力がないことならば、日本で定番のこの定義は、ただ「責任を持って頑張ったら、患者さんが喜ぶよ、きっと☆」という「根拠のわからない妄想」を「大声で言ってみただけ」くらいの内容に聞こえます。省略してあるため、このままだと、論理として弱いのです。(これ、『患者の生活の質を改善する明らかな結果をもたらすため、猫と遊ぶこと』とか言われてるのと、基本的には変わらないのです)

 ですから、ファーマシューティカル・ケアについて、この定義を持ち出す方は、この定義の「A・Bをしたら、Cになるのは明らか」という弱すぎる論理を、相手が納得する程度には補強し、解説する必要があります。

 A.『責任をもった』○ 『責任をもたなかった』×

 B.『薬物療法を提供した』○ 『薬物療法を提供しなかった』×

 C.『QOLは改善した』○ 『QOLは改善しなかった』×

 という三つの要素で考えましょう。

 1.A○B○ C○
 2.A○B○ C×
 3.A○B× C○
 4.A○B× C×
 5.A×B○ C○
 6.A×B○ C×
 7.A×B× C○
 8.A×B× C×

 という八通りの状況のうち、

 日本でのファーマシューティカル・ケアの定義は、「A○B○C○」で、1のケースのみです。

 2~8のケースについて、どう考えましょう?

 3のケース、『薬物療法を提供しないことに責任を持ったら、QOLが改善した』という場合とか。

  ☆

疑問2

「『薬物療法』の定義ってなんだろう。なにを意味するのだろう」

 薬物療法と言われると「薬を用いて治療を行うこと」というイメージなのですが、そういったシンプルな定義なのかどうかがわかりません。

  ☆

疑問3

「『QOLの改善』とは、なんだろう」

QOLの考え方は「主観的」なので、対象が患者である場合、「患者本人がどう思ったか」だけが重要。施術者である医師や薬剤師がどう思ったとしても、それはQOLとは何の関係もありません。

日本における

「日常生活や社会生活のあり方を自らの意思で決定し、生活の目標や生活様式を選択できることであり、本人が身体的、精神的、社会的、文化的に満足できる豊かな生活」

というQOLの定義を読むに、これ、よほどのことがないと改善しないかと・・・。

  ☆

で。

疑問の解消は専門家の方々がいろいろやっていると思いますが、

なんでまた、1990年の定義のままで止まっているのかも、不思議なんですよね。

現在、2010年。ロディマスコンボイの時代です。あ、今はロディマスプライムですか。

あれから20年。

ファーマシューティカル・ケアの定義は、提唱者が変えていってます。

1993年には、

薬品の流通及び、情報管理の責任を、患者の薬物治療の責任として捉え、患者ケアをする薬学」(水野薬局ホームページの訳を流用)

なんてカタチにしてます。

そこに、QoLの概念は、もうありません。

定義から「ゴール」をなくし、「プロセス」に移行したのです。

「ゴールを設けたことが画期的だった」ともてはやされた定義は、三年持たずに、ゴールを設けるのをやめました。

プロセスが、必ずしもゴールに結びつかないとしたら、この1990年定義は、支持できません。

「薬学ケアを行えば、QoLが高まる」と言っていたのが、数年経ったら、

「薬学ケアを行うことは大事だ」という話にまでトーンダウンしているのです。

でも、日本では、1990年の定義を、そのまま使っています。

なんで1990年定義のままなんでしょう。

進化しないんでしょう。

ピチューやポッチャマはかわいいから、ライチュウやエンベルトにしたくないってことですか?

この疑問にも、専門家の方に回答してほしいところです。

  ☆

【おまけ】

ちょっと思ったんですが・・・、

もしかして、ファーマシューティカル・ケアの定義の話をしている人たちって、研究者を除いて、ヘプラー名誉教授の論文自体を読んだことがないんじゃ・・・。

いやいや、まさかね。

とか言いつつ、筆者も手に入ったモノを斜め読みしただけなので、論文自体をガッチリ読んだことがないヒトの仲間です。

論文をネット検索。

とりあえず、1990年の論文の冒頭部分を、ネット自動翻訳にかけてみました。

  ☆

機会と医薬品のケアで責任。

Hepler CDストランド LM

ヘルスケア部門の薬局管理、薬科大学、フロリダ大学、ゲーンズビル州 32610。

抽象

薬局の機会予防薬関連の罹患率と死亡率を減らすために、社会的責任を受け入れることによって職業を探検として成熟します。 薬局 apothecary 役割を流すしているが、まだ復元されていないその erst - 医療における重要性中。 十分な正しい薬を調剤するまたは高度な医薬品サービスを提供するではなく、新しい技術の機能を設定するに十分であろう。 薬剤師およびその機関する必要があります対内検索を停止し、大きい社会に良いのエネルギーをリダイレクトを起動します。 いくつか 12, 000 人が死亡し、15, 000 の入院不利な薬物反応 (ADR) のために、FDA に 1987 年に報告された、多く報告されない行った。 薬物関連の罹患率と死亡率は予防可能、ですし、医薬品サービス ADR、病院の滞在の長さとケアのコストの数を減らすことができます。 薬剤師 factionalism を放棄し、患者を中心とした医薬品のケア、実践の哲学として採用する必要があります。 最高の薬物療法と患者安全性を確保する製品や生物学的システムから実践のフォーカスを変更とすると、責任の薬局のレベルを上げるし、哲学的、組織、および機能の変更を必要とします。 それは練習の新基準を設定、その他医療専門職、協力関係を確立、医薬品のケアのマーケティング戦略を決定する必要があります。 薬局の reprofessionalization のみすべて薬剤師、安全かつ効率的な薬物療法、個々 の患者のことを確認するのには、社会的使命を受け入れると完了します。

  ☆

すみません、なんだかわかんないです。

それっぽく直します。(超フィーリング翻訳。誤訳アリマス。注意)

  ☆

薬学ケアの機会と責任。

書いた人:ヘプラー教授、ストランド女史

ゲーンズビル州 32610にあるフロリダ大学薬学部の健康薬局管理学教室みたいなところに所属しとります。

アブストラクト!(必殺技っぽく叫ぶこと)

「罹患率と死亡率を薬パワーで減らす」という社会的責任を受諾すると、職業的に成熟するんじゃね?という感じで、薬局は機会をうかがってると、オイラ思うんよ。(X-MENでプロフェッサーXがやってるよーな感じで、事件に首を突っ込め、と)

薬局は昔ながらの役割を果たしてんだけど、まだ、医療ケアの重要な位置を占めちゃいないわけだよ。

間違いなく薬を集めたり、高度なサービスを提供したり、あと新しい技術を導入したりっていうのだけじゃ、なんか十分じゃないと思うんよ。

薬剤師って、内にこもってウジウジやってても仕方ないから、外に向けて、社会的な良いことのひとつでもやればよかっぺ。

1987年のFDA報告とかじゃ、薬のせいで12000人が死んで、15000人が入院したっていうじゃん。

そーゆー薬のコトって、予防できるっしょ。そんたら、入院期間短縮で、費用もかかんねーからアピールできるわけよ。

これまでの考え方から、患者中心でやってくように変えればいいんさ。

服薬指導とか患者安全とかに焦点を変えれば、薬局の責任レベルが上がるから、哲学的・組織的・機能的変化が必要になるわけよ。

そうなると、他の医療専門職との協力関係確立、薬学ケアの市場戦略決定といった新しい世界設定も見えてくるっしょ。

唯一、個々の患者への安全で効果的な薬物療法という社会的使命を全ての薬剤師が受け入れたとき、「薬局の再職業化」が完了するっぽい未来があるなぁ。(Pharmacy's reprofessionaization will be completed only when all pharmacists accept their social mandate to ensure the safe and effective drug therapy of the individual patient.)

  ☆

なんか、冒頭だけ読むと、「職業の再定義」をしたいようですよ。

再職業化?完了の前提が、【全ての】薬剤師が社会的使命を受け入れればってコトになってますから、よーするに・・・これ、宗教ですね。

全員」に「特定の思想」を受け入れさせるという考え方は、善意の思い込みで完全実行するヒトたち(いわゆる狂信者?)がいると、凶悪なシロモノになるんですけどね、レキシ的に。

薬剤師全員が、ボクの考える薬剤師の仕事を使命として受け入れたらいいのに」という発言は、通常、「トンデモさんの妄想」として片づけられます。

まあ、今回の翻訳も、トンデモ翻訳なんですけど。

ファーマシューティカル・ケア推進派の方々が、「全ての・・・」とか、思っていませんように。

興味を持った方は、「Opportunities and responsibilities in pharmaceutical care」で検索して、全文を自分で訳してみてください~。

ロックのくせに「全世界のピープルが、歌に込めた社会的使命を受け入れる、それがゴール」とか言ってたんですね、ファーマシューティカル・ケアって。

※エントリ「ファーマシューティカル・ケアってなんだろー」も参照してくださいませ。

|

« 日薬代議員会議事録その5。薬剤師認定制度認証機構って知ってますか | トップページ | 選挙期間中はお休み。 »

医療」カテゴリの記事

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/539089/48083539

この記事へのトラックバック一覧です: 日本におけるファーマシューティカル・ケアの定番定義に対する、専門家に回答してほしくてたまらない疑問を挙げてみる遊び:

« 日薬代議員会議事録その5。薬剤師認定制度認証機構って知ってますか | トップページ | 選挙期間中はお休み。 »